1.はじめに
今回ブリードしたのはデキピエンスノコギリクワガタ(Prospocoilus decipiens)ディキピエンス?…ジャワ島固有種の美しいノコギリクワガタで、ビソンノコギリの仲間です。♂の大顎形状だけを見るとギラファ中歯に見えなくもないですが、決定的に異なるのは前胸背板、上翅の色彩変異が豊かな点です。バランスよく黒、茶色、クリーム色が発現する標準型、上翅のクリーム色の割合が増大する横紋型、黒化型と3色タイプが出る面白いノコギリクワガタです。
グヌン・ハリムン・サラク国立公園に含まれるMt.ハリムン産(厳密には南ハリムン山と北ハリムン山があるのでややこしい…)、Mt.サラク産等の流通がよくみられますね。JICAの「インドネシア国 グヌン・ハリムン-サラク国立公園管理計画 事前評価調査報告書」の4-4-1において、当該地の環境の記載がよくまとまっていましたので、以下引用します。
"当該国立公園はジャワ島西部にあり、面積は40,000haで自然林が70%、二次林が30%を占め、ジャワ島唯一の熱帯雨林がまとまって保全されている地域。標高は海抜500-2000Mで大部分が標高1,400M以下、日中の平均気温は20-30℃、年間降水量は4000-6000mm"
"植生の変化を標高でみると、500-1000mでシイ、カシなどの仲間が、1000-1400mでホルトノキ、カエデ、クスノキ、イヌビワなどの仲間が直径120cm、樹高30-40Mまでに発達した森林となる。そして1,600Mを超えるとマキ、ハマビワなどの仲間による森林となる"
東京の年間降水量が1500mm程なので4000-6000mmの降水量は相当多湿な環境です。赤道直下の山岳地帯なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど…霧がかかった山麓のイヌビワの巨木に生る果実の果汁でも吸って生活しているのでしょうか…(妄想中)前置きがいつもの如くだいぶ長くなってしまいましたが、本種は今回初挑戦です。妄想もブリードに応用させつつ(←役立つのか!?)やってみたいと思います。
2.種親紹介
2019年3月下旬にオークションでWDを購入。4-5千円程。Mt.ハリムン産。
♂64mm. 飼育レコードが69.4mmなので本個体はそこそこ大型、といったところでしょうか。
ギターのサンバーストカラーを彷彿とさせるような綺麗なエリトラが美麗でございます。横方向に見える細かなクラックは死んでしまうと消えるのですよ…ツヤ系にもクラック入っている種類結構いますよね。
横からのフォルム。なんとまぁ面白みのないのっぺらした形でございます…
♀30mm中盤くらい。
ちなみにこっちは同じビソンノコ系のファブリースノコ(原名)の♀になります。よく似ていますねぇ。光沢が強いのとエリトラから前胸背板縁部にかけて紋様が入ってますね。
この♀は飛翔行動をすぐにとるので期待できそうです。
3.ペアリング-産卵セット-割出-幼虫飼育-羽化
①ペアリング(2019年3月下旬)
着弾してすぐにペアリング。2-3日同居させましたが、この後すぐに♂が落ちてしまったので危なかったぜ…WD即ブリペアを入手したらすぐにペアリング→セットするべし!
標本にしました。
②産卵セット(2019年3月下旬)
産卵セットは、中ケースに爆産くん特Aマットを5センチほど固詰し、皮付きホダ木、土埋め霊芝材、自作バクテリア材を設置。その上に同じマットを充填。
情報収集してみると20度管理で産卵スイッチが入る低温種のようです。
10頭くらいとれるといいなぁとこのときは思っていました…20-22度で管理していきます。
③割出(2019年7月中旬)
セットから3か月半(少し放置期間が長かったかな)…壁面から無数の幼虫が見えます。
2齢-3齢初期まで加齢していますね。
加齢してすぐの真っ白な個体。
材にも穿孔。材割が苦手なので一旦ここでストップして割カスを埋戻します。
31頭回収。初挑戦にしてはかなり上出来かと。後日割カスからは2頭得ることが出来たので、都合33頭でした。
割出後の♀はかなり体重もあり、産みそうな感じでしたが十分採れたので打ち止めです。お疲れちゃんでした。
④幼虫飼育-蛹化-羽化(2019年7月-)
♂は1400cc or 800cc、♀は500ccのカワラ系菌糸(北斗恵栽園/中粒子)で臨みます。管理温度は採卵時と変わらず20-22度前後。カワラ菌糸はブロックを崩す際に少し加水して水分量を調節しています。当初、♂2本返し(菌糸→マット)、♀は1本返しを検討していたのですが結局オール1本返し…カワラがドロドロに劣化してえらいことになってしまいました。コバエも大発生…おえええええええええええええええ
菌糸が劣化して蛹化した個体は人工蛹室管理へ移行します。
羽化直後の大型個体。美しい…
4.羽化個体紹介
以下、ざっと羽化個体を紹介していきます。♂はおおむね12月に羽化し、♀は1か月早い11月頃に羽化していました。♂はほぼ大歯だったので結構うれしいかも。
① ♂66.6mm 12月下旬羽化
当代最大個体。飼育ギネスにはほど遠いですが、迫力もあり次サイクルに期待が持てそうです。標準型。
② ♂65.1mm 2019年12月羽化
前胸背板縁部にうっすら横紋が見えますが、概ね黒化型と見做しても良いのではないでしょうか。
③ ♂ 63.3mm 2019年12月羽化。
人口蛹室管理個体だったのですが、羽化直後に徘徊、上翅が凹んでしまった個体。美しい個体だっただけに残念…
④ ♂ 63.0mm 2019年12月羽化
菌糸が劣化して蛹室が崩れてしまい顎が曲がってしまった個体…申し訳ない…
⑤ ♂ 63.0mm 2019年11月中旬羽化。
バランスのとれた美しい個体です。雌雄判定ミスで500で1本返ししたものの割と大きく育ってくれました。
⑥ ♂ 61.6mm 2019年12月羽化。
これも良い個体。
⑦ ♂ 60.9mm 2019年11月下旬羽化。
黒化型ですね。完品です。
⑧ ♂ 60.7mm 2019年12月羽化。
ずんぐりむっくりした横に太い個体。
⑨ ♂ 60.4mm 2019年12月羽化。
黒化型。大顎の形状も左右対称で個人的には一番好きな個体かも。
⑩ ♂ 60.0mm 2019年12月羽化。
蛹室が小さかったのか、顎が根元で曲がってしまった個体。きちんと羽化できていればあと2-3mmは伸びたはず。
大顎の基部が折れ込んでしまっているのが分かります。
⑪ ♂ 60.3mm 2019年11月中旬羽化。
本個体も500の1本返しですが良い感じですね。
⑫ ♂ 60.2mm 2019年12月羽化。
当代最小サイズでも大歯で羽化してくれました。
⑬ ♀ 36.3mm 2019年11月羽化。
最大サイズの♀。ちょっと物足りない。38-40mmくらい欲しかったところ。
⑭ ♀ 35.6mm 2019年11月羽化。
標準型。♀は前胸背板縁部に横紋が入らないようですね。
⑮ ♀ 35.5mm 2019年11月羽化。
こちらは黒化型。野外で採集しても本種と同定できる自信皆無です…
⑯ ♀ 35.9mm 2019年11月羽化。
こちらも黒化型。2番目に大きい♀ですね。
⑰ ♀ 35.3mm 2019年11月羽化。
こちらも黒化型。
⑱ ♀ 35.3mm 2019年11月羽化。
上翅の茶色味がやや強い個体。横紋型作出の足掛かりになったりするのか…
⑲ ♀ 35.0mm 2019年11月羽化。
標準型。
⑳ ♀ 34.9mm 2019年11月羽化。
黒化型。
②① ♀ 34.9mm 2019年11月羽化。
標準型
②② ♀ 34.7mm 2019年11月羽化。
標準型
②③ ♀ 34.6mm 2019年11月羽化。
黒化型
②④ ♀ 34.4mm 2019年11月羽化。
標準型
②⑤ ♀ 34.4mm 2019年11月羽化。
標準型
②⑥ ♀ 34.0mm 2019年11月羽化。
黒化型
②⑦ ♀ 33.2mm 2019年11月羽化。
やや上翅の色が薄いか。早くもフセツ欠け…泣
②⑧ ♀ 33.2mm 2019年11月羽化。
黒化型
5.まとめ
1サイクル回してみた感想ですが、やや低温種の部類(ヒマラヤ系のクワガタみたいにガチ低温種ではない)に入るかな、という印象を受けました。20-22度くらいで産卵のレスポンスも良かったですし、諸先輩方のブログやSNS情報収集すると15度程度でも産んでいるようです。次に幼虫管理ですが、水分量が多めの餌を好むように感じました(カワラ菌糸に加水して飼育)。また、(温度管理できる前提ですが)比較的丈夫で、33頭回収したうち、羽化したのは28頭(2020年3月時点で1頭のみセミ化した個体がいるのですが本個体は★になったものと見做しています)なので羽化率85%!(うち2頭B品が出てしまいましたがこれは明らかな私の管理ミスによるもので本来は完品羽化したはず)
泥状に劣化した菌糸でも羽化してくれますし、♂は大歯揃いですし、本当に良い子たちです。←結果が良かったので高評価なだけですね、ハイ。
最後に体色ですが、このサイクルでは♂の黒化型の発現確率が25%である一方で、♀は44%の確率でした。標準型×標準型を掛け合わせ続ければ横紋型等が出るようになるのかしら…次サイクルもサイズを狙っていきたいので検証は難しいのですが体色の発現検証もやってみたいですね。