1.はじめに
家庭の事情で余暇の見通しが立てづらいので、遠征はいつも直前に決まります。今回は6月中旬の4日間を急遽確保出来ました。家族に大感謝です。時期、諸事情踏まえたアクセスのしやすさ、未踏の地且つ固有種がなるべく多い場所、この組み合わせでどこに行くべきだろうかと考えたときに浮かんだのが長崎県 対馬でした。
対馬の固有種といえば、
・ツシマヒラタクワガタ (Dorcus titanus castanicolor)
・チョウセンヒラタクワガタ (Dorcus consentaneus consentaneus)
・キンオニクワガタ (Prismognathus dauricus)
この3種が知られています。
対馬は氷河期時代に大陸と地続きだったこともあり、上記以外の動植物についても大陸に先祖をもつ遺存種が数多く見られます。
特にこの3種の中でチョウセンヒラタは、対馬全域に生息はしていますが、局所的に分布し、生態に関する情報はバラバラ。とても狙い甲斐がある種類かと思います。自分なりに色々と仮説を立て、答え合わせができたときの達成感は、えも言われぬ体験になります。未到の地での採集の醍醐味はこういうところにあるのかなと感じています。前置きが長くなりましたが、今回のメインターゲットはチョウセンヒラタです。ツシマヒラタとキンオニはまあ採れるでしょう、という謎の自信で臨みます。
2.前日〜初日 (2024.6.13-6.14)
博多港を深夜に出発する「フェリーちくし」に乗り込みます。
連日の仕事で疲れていたので1等船室を予約。混んでいると相部屋になるようです。
壱岐を経由して早朝5時前に厳原港に到着。7時まで船内で待機できるのがありがたいですね。時間になり近くのガソリンスタンドで車を受け取ります。
早速、予め目星をつけておいたポイントを巡ります。
探索開始して15分ほどで捲れからあっけなくツシマヒラタを発見。シーズン序盤とはいえ個体数は多そうです。
梅雨入り前で林内が乾燥しており、樹液木が少ないです。期待が持てそうな木はGoogle mapでタグ付けをしておき、夜に再度見回ることにします。
海辺近くのクヌギ林に移動、小〜中型のツシマヒラタがチラホラ。
このポイントは幹線道路からやや入り込んだ場所にあり採集プレッシャーは低そうです。梅雨明けのハイシーズンは本種が鈴なりで観察出来そうな感じがします。
このポイントの林縁部にて70mm超えの良型を追加。ポッキリ折れたコナラの高所の窪みに頭だけ出していて朝陽を浴びながらぼけーとしていました。玉の柄で小突くと崖下に落下しましたが無事回収。顎や体が太いタイプ。太陽光下で輝く焦げ茶色の体色を見ると学名の由来に納得できます。
ノコギリクワガタを採集。本州産と比較すると華奢で大顎先端部分が直線的な感じがします。壱岐産のミニマム版といったところ。圧倒的強者であるツシマヒラタを避けて発生している様子が伺えます。
午後は、チョウセンヒラタ探索。予め目を付けておいた標高300mほどの山。登山道も何もないので等高線がゆるい斜面から登っていくと風通しの良い斜面にはスダジイ、アカガシ、シラカシ等の照葉樹が主体でアベマキやコナラが混じります。
雰囲気は良いのですが、やはり林内が乾燥していますね。カラカラです。ツシマヒラタは相当数確認できました。逃げられてしまったものの、条件の良い洞には大型個体が見られ、ポテンシャルが感じられる山でした。ただ斜面が思ったよりもキツく、滑落リスク大だったので夜間の入山は控えました。今回、フルーツトラップは持参しませんでしたが、トラップを仕掛けるのも良いポイントだと感じたので、次回はやってみたいと思います。
対馬固有種のハラアカコブカミキリ。
薄暗い林床の落ち葉の上を跳ね回っていたツシマフトギス。黒い紋様が独特です。対馬固有種を立て続けに観察出来ました。
夕方になり、チェックインと食事のために一旦、厳原市内中心部に帰還。ホテルは「ツタヤホテル」に宿泊。外観や設備は古いものの、部屋は清潔で採集旅の拠点としては申し分ありませんでし、従業員の方も親切で快適に過ごすことが出来ました。ホテル直結の駐車場が2台、少し歩きますが周囲に2か所、複数台駐車可能な場所があります。周囲には飲食店が多く、食事には困らない点も良いところでした。
この日は、イカとヒジキが入った対馬名物ハンバーガーを美味しくいただきました。
夕食後は、日中回ったポイントを一通り探索します。
夜になるとシカに加えて、イノシシがチラホラ。林内を走り回る音が方々で聞こえてきますし、目視で見える距離で目が合ったりします。その上、ツシママムシも複数回目撃、その個体数の多さを肌で感じ、足取りが更に重くなります…
そんな百鬼夜行の夜間採集ですが、クヌギ林で良型のスジクワガタ♂を確認。♀も採集出来れば良かったのですが、本種はこの1頭で打ち止めでした。
その後、74mmアップのツシマヒラタを追加。深い洞のあるコナラで♀を待ち構えていたようです。光に対する動きが素早く一瞬で洞に入ってしまいそうだったので、撮影する余裕はありません。昼に採集した70mmに続き、太めのカッコいい個体でした。その後、ツシマヒラタが飽きない程度に見つかりましたが本命のチョウセンヒラタには出会えず未明にホテルへ戻ります。
3. 2日目 (2024.6.15)
前日の疲れが残っていたため、朝8時過ぎにホテルを出発。この日は大きく場所を変え、沢が絡む林道を標高を上げながらキンオニクワガタを探します。
地図上で見つけた場所で本当に居るのか不安でしたが、腕より細い柔らかい朽木から次々と幼虫が出てきました。前蛹の個体が混じっていたことからも7月中下旬以降に活動開始している感じですね。
帰宅後、♂が羽化しましたが、人口蛹室の窪みが浅く顎がフタと干渉していたため、大きく曲がってしまいました。残念でしたが♀も蛹化しておりブリードには問題なさそうです。
キンオニクワガタを探索している途中、朽木の中から40mm弱のヒラタが出てきたので一瞬色めいたのですが安定のツシマヒラタでした。
午後は下山し別の場所へ。ここは標高300m程の尾根沿いにアカガシとスダジイが沢山生えている原生林でチョウセンヒラタやオオクワが居そうな雰囲気なのですが…
山頂付近の林内にポツンと生えているコナラの樹液木を見つけたときはチョウセンヒラタの予感!と思ったのですが、ツシマヒラタが占拠していました...この日は足取り重くホテルに戻り、昼間下見をした原生林を再訪。中型のツシマヒラタが複数確認できただけでした。樹液の出ていない木にペタっと止まっており、林内を盛んに飛翔している感じでした。
(番外編)
対馬名物の日本ミツバチの巣箱、「蜂洞」
木の幹を一つ一つくり抜いて作られた趣のある巣箱で島内の至る所に設置されていました。もぬけの殻の巣箱が多い中、営巣していた箱。甘さ控えめの優しいお味でお土産にオススメです。
3. 3日目 (2024.6.16)
この日は朝から往復5時間かけて山を登ります。相変わらずツシマヒラタは至る所で観察できますね。山頂近くのアカガシが群生しているエリアでは、樹液に集まるネブトクワガタを多数観察することが出来ました。
僅かに染み出るアカガシの樹液に集まるネブトクワガタ
24mm(中央)の比較的大きめの♂を確認。激しい音を立てながら喧嘩をしている光景も見れたのは良かったです。意外にも気性が荒いんですね。本土ネブトは愛知県や大阪などが大型産地(野外レコードの産地どこでしたっけ?)のようですが、対馬産はどうでしょうか?
ネブトが得れたアカガシの群生地は、洞が絡む巨木が多く、夜間に来たかったところですが、3日目でそんな体力は残されていませんでした…昼過ぎに下山し、昼食をとった後も探索を続けます。
崖に生える樹液木根元の洞から抜いたツシマヒラタクワガタ。百戦錬磨の越冬個体です。顎が細長く、ボディも華奢なタイプ。朝鮮半島に生息するファソルトヒラタクワガタを彷彿させます。ツシマヒラタの地域変異として、上県は顎が細く、下県は太いタイプが多いと聞いたことがありますが、今回は両タイプが同所で見られました。
シーズン序盤で個体数が少なかったカナブン。ブルー個体を見かけましたが、一瞬で飛び去ってしまいました。翌日は最終日で昼過ぎのジェットフォイルで帰るので、この日は早めに切り上げて仮眠、早朝から活動開始することにします。
4. 最終日 (2024.6.17)
まだ暗いうちから起床し、これまで巡ったポイントを回ります。小型のツシマヒラタクワガタを見つける度にチョウセンヒラタか?と胸が高鳴りますが、不発。
最後に69mmのツシマヒラタを確認。高所のクヌギの洞に入っていました。持ち帰る個体以外はリリースしながらホテルに戻ります。チェックアウト後、出港まで時間があるので、対馬博物館へ。
常設展示で対馬の昆虫が見学できるので、初めて対馬に行く人はオススメです。
博物館見学の後は、お土産の購入と昼食をとります。上述したハチミツ「蜂洞」に加え、ホテルの前にお店を構える 江崎泰平堂 で対馬名物「かすまき」を購入。最近では紅茶も生産されているようで、つしま大石農園の紅茶も追加購入。かすまきと紅茶、ハチミツのコラボを楽しみました。
対馬の最後の昼食は観光案内館のレストラン「つしにゃんキッチン」で対州蕎麦とアナゴカツを堪能。もっと利用すれば良かった…
美味しい昼食をいただいた後はジェットフォイルに乗船、対馬を後にしました。
5. 採集後記
今回は第一目標のチョウセンヒラタを見つけることは出来ませんでしたが、自分なりに考えて行動した4日間はとても貴重な経験になりました。遠征前の情報収集や考察を事前にすればするほど、採集個体への愛着も湧きますし、その後のブリードにも力が入ります。その虫に特別な価値が生まれます。今後も採集可能な国産種は自己採集に拘り大切にブリードしていきたいです。
ツシマヒラタは、発生ピークから1か月くらい早い印象ですが、70mmアップ×3頭を筆頭に60頭を超える個体を観察。生息域が非常に幅広く、圧倒的優占種であることを体感しました。シーズン序盤はクヌギやアベマキより先んじて樹液を出すコナラが勝ち馬ならぬ勝ち樹だと思います。
キンオニは某有名産地に行かず、本種の生態を踏まえた上で、地図上で狙いを定めた場所でドンピシャで当ててしまい、やや拍子抜け感はありましたが、自分の考え通りで嬉しかったです。コクワも結構混じっていたので、気門の形状等をよく見る必要はあるかと思います。今回予め無添加マットをルアーケースに充填してきたものを持参したのはナイスな事前準備でした。次項で今回持ち帰った個体を紹介したいと思います。
6. 採集個体紹介
■ツシマヒラタクワガタ(Dorcus titanus castanicolor)
① ♀ 37.5 mm
② ♀ 33.7 mm
③ ♂ 70.2mm
④ ♂ 71.7 mm
⑤ ♂ 74.2 mm
■キンオニクワガタ(Prismognathus dauricus)
準備中
■ネブトクワガタ(Aegus subnitidus subnitidus)
① ♀ N/A mm
② ♂ 24.1mm
■スジクワガタ(Dorcus stratipennis)
♂ 32.8mm
■ノコギリクワガタ(Prosopocoilus inclinatus inclinatus)
① ♀ 30.4 mm
② ♂ 58.5mm