1.はじめに
今回の飼育記事は福岡県筑豊地方産のヒラタクワガタです。分類上はDorcus titanus piliferですが、北部九州産は大型化する傾向があると言われており、以前から気になっていた存在でした。分類はされてはいないものの、九州南部や本州に広く生息している個体群と北部九州産の個体群は大顎等の形状が異なり、専門雑誌*でも、九州南部や本州に生息する個体群を本土系統、北部九州に生息する個体群を対馬系統とし別個に扱っている論文が存在します。対馬系統とあるように大顎が長く、ツシマヒラタやイキヒラタ、ゴトウヒラタによく似ていることから、中国大陸、朝鮮半島から伝播し、南方から伝播してきたヒラタクワガタと交配を重ねながら北部九州に定着した、というのが本論文の要旨です。今回、運よく福岡在住の友人による採集個体を譲ってもらえたので、その内容をまとめたものになります。
*雑誌「生物の科学 遺伝」Vol.72
2.種親紹介
友人から譲り受けたのは1♂3♀です。シーズン終盤のワイルド個体ということもあり、擦れや顎の欠け、フセツの欠損等があり、これまで自然界を生き抜いてきた貫禄があります。サイズは♂50mm、メスは30mm前半です。
3.ペアリング-産卵セット-割出-幼虫飼育-羽化
①ペアリング-幼虫確認(2019年10月-2020年1月)
7リットルコンテナに加水した川口商会の産卵マット+ホダ木でセット。気温が下降気味でスイッチが入らず、一度は冬眠体制に入ってしまいましたが、25度設定の温室へ投入したところ、翌年の1月には幼虫が壁面から観察できました。
②割出(2020年1月11日)
8幼虫18卵を回収。材にも穿孔している様子でしたが、材が硬く、新聞紙にくるんで保湿して放置します。
割出の刺激で孵化した個体も。 卵は割カスマットへ。幼虫はヒラタケ系の菌糸飼育。
2020年2月20日
卵で割り出した個体群。幼虫が見えていたので個別管理へ。18卵中17卵を回収。あまりの孵化率の高さに震えていました...
③幼虫飼育(2020年7月-)
18-20度の範囲内で管理。1本目はヒラタケ系菌糸で在庫の銘柄を使用、3-4か月サイクルで幼虫の状態を見つつボトル交換していきます。写真は確認できた中で最大体重個体。最長個体ではなかったので、もう少し大きいのだと思います。70mmに到達させるには20g以上は必要な感触です。
④蛹化-羽化(2020年8月-)
蛹化第一号。自分自身が認知している本土ヒラタとは明らかに異なる顎の長さです。
1か月ほどで体が色づき、羽化しました。
こちらは最大個体の蛹とテネラル。迫力があります。蛹体重は15gほど。
最終羽化個体は、本土系統のフォルムに見えます。
4.羽化個体紹介
① ♂ 67.6mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年2月20日 AG800cc
2020年7月9日 DOS生オガ800cc (18g)
2020年11月中旬 蛹化確認 (蛹体重13g)
2020年12月27日 羽化
② ♂ 64.0mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年2月20日 AG800cc
2020年6月5日 ビートルマット 800cc (13g)
2020年9月28日 蛹化確認 (蛹体重:未計測)
2020年11月中旬 羽化
③ ♂ 59.6mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年4月27日 バンブー菌糸 800cc
2020年8月8日 LBマット+DOS生オガ (15g)
2020年12月1日 羽化確認
④ ♂ 66.0mm
2020年1月11日割出
2020年1月11日 月夜野菌糸(BASIC) 430cc
2020年4月23日 DOS生オガ 1300cc (9g)
2020年10月23日 羽化確認
⑤ ♂ 65.3mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年2月20日 AG800cc
2020年6月10日 LBマット1400cc (16g)
2020年8月10日 蛹化確認 (蛹体重10g)
2020年9月7日 羽化
⑥ ♂ 62.2mm
2020年1月11日割出
2020年1月11日 月夜野菌糸(BASIC) 430cc
2020年4月23日 DOS生オガ 800cc (7g)
2020年9月9日 DOS生オガ 800cc (15g)
2020年11月中旬 蛹化確認(10g)
2020年12月中旬 羽化
⑦ ♂ 52.9mm
2020年1月11日割出(卵で割出)
2020年4月27日 バンブー菌糸 800cc (10g)
2020年8月8日 LBマット+DOS生オガ 800cc
2020年12月1日 羽化確認
⑧ ♂ 69.7mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年2月20日 AG800cc
2020年5月31日 グローバルビートルマット1300cc (16g)
2020年9月29日 蛹化確認 (蛹体重15g)
2020年11月6日 羽化
⑨ ♀38.2mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年3月27日 AG800cc (2g)
2020年8月中旬 羽化確認
⑩ ♀37.2mm
2020年1月11日割出
2020年1月11日 月夜野菌糸(BASIC)430cc
2020年4月23日 DOS生オガ800cc (5g)
2020年8月中旬 羽化確認
⑪ ♀37.0mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年4月9日 DOS生オガ800cc (4g)
2020年10月8日羽化確認
⑫ ♀36.5mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年4月9日 DOS生オガ800cc (4g)
2020年10月8日羽化確認
⑬ ♀37.0mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年4月27日 バンブー菌糸800cc
2020年11月中旬掘出
⑭ ♀34.0mm
2020年1月11日割出(材放置)
2020年3月11日材より割出→AG500cc
2020年8月中旬掘出
⑮ ♀35.5mm
2020年1月11日割出
2020年1月11日 月夜野菌糸(BASIC) 430cc
2020年4月9日 DOS生オガ 800cc
2020年8月中旬羽化確認
⑯ ♀36.4mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年3月19日 DOS 生オガ800cc
⑰ ♀36.4mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年3月9日 DOS 生オガ1400cc
2020年9月29日 蛹化確認
2020年11月29日 羽化
⑱ ♀33.9mm
2020年1月11日割出
2020年1月11日 月夜野(BASIC) 430cc
2020年4月9日 DOS 生オガ500cc
2020年8月中旬 羽化
⑲ ♀37.5mm
2020年1月11日割出
2020年1月11日月夜野(BASIC) 430cc
2020年4月23日DOS 生オガ500cc (4g)
2020年8月中旬羽化確認
⑳ ♀36.0mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年3月6日 AG500cc
2020年8月中旬羽化確認
②① ♀33.6mm
2020年1月11日割出
2020年1月11日月夜野(BASIC) 430cc
2020年4月23日DOS 生オガ800cc (4g)
2020年7月下旬羽化確認
②② ♀33.6mm
2020年1月11日割出(卵にて回収)
2020年1月11日月夜野(BASIC) 430cc
2020年4月23日DOS 生オガ800cc (4g)
2020年7月下旬羽化確認
5.まとめ
今回飼育した福岡県筑豊地方産のヒラタクワガタの詳細産地ですが、「生物の科学 遺伝」Vol.72においても対馬系統個体が検出された市町村名と一致しており、当該形質が出やすい地域であることは間違いないようです。
とはいえ、ツシマヒラタ(左)と並べてみると、大顎の湾曲具合、大顎基部の位置や頭楯は上記写真のように大きく異なります。大顎基部はツシマヒラタより若干上に付き、頭楯はツシマヒラタのように割れません。
また、本土系統(神奈川県産/左)と並べてみると、顎が伸び、相対的に大顎基部が下付きになります。頭楯もツシマ寄りの形状をしています。本土ヒラタも東西で頭楯違う場合はあるけども。
69.7㎜と67.6㎜を並べて撮影したものですが、同一エリア内でもツシマ寄りと本土寄りで表情に微妙な差が出るのも面白いところですね。
親♂との最大個体の比較写真。ブリードすると体長が伸びる地域ですし、上述したように表情豊かで面白いので次世代も継続します。目標設定は75ミリUPとしたいと思います。
最後にブリードの振返りをすると、産卵セットについては、オフシーズンでのセットになってしまったので、一度寝てしまい、加温することで強制的に産ませました。この場合のように、一度寝てしまった場合は、加温するだけでなく、一度温度をガンっと下げて、そのあと昇温するとより良い結果になると思います。今回は3♀いたのでやりませんでしたが…幼虫の餌のリレーについて、1本目菌糸からのマットで試してみましたが、菌糸も問題なく食べれる印象を受けました。2本目からのマットについては、生オガ系からカブトマット系まで幅広く試してみましたが、拒食なく大きくなるような感じですね。敢えていえば、ある程度分解が進んだ餌をじっくり食わせる方がよい結果になる印象を受けましたので次サイクルの2本目以降はこれで統一してみようと思っています。